わたしと文芸研
太田顕子

 「アナトールは『人間の食べ物を盜んで生きるネズミという存在』を自分の特徴を活かし人問にとって役立つ仕事に変えることで『人間から尊敬される存在』に自分を変革した。」というのです。確かにそうだ!今まで体験しかことのない新鮮な感動を覚え、「物語の力ってすごい!」と思いました。

 このときの感動が、その先ずっと劇場運動と西郷文芸学に関わりをもっていくきっかけになったのだと思います。

(「米寿記念集」より)岡山 太田顕子

走り続ける道の向こうに
  井村幸恵

 「人間の真実について、ものごとの本質について語り合える教室を」という西郷先生の言葉を聞くたびに、教師として自分が目指すべきものが見えてくるように思える。

  (「米寿記念集」より)大阪 井村幸恵

私にとっての文芸研
中村登志子

 最初手にとって読んだのは『教師のための文芸学入門』でした。一気に引き込まれ読み進めるうち、私は自分の中にあった疑問がするすると解けていくようなすっきりした気持ちになっていくのを感じました。

(「米寿記念集」より)山口 中村登志子

国語にほれた!
  野澤有香

 (教員になって)いきなり五年生を受け持つことになりました。何もかもが初めて、もちろん国語の授業だって初めてで、先輩の先生からいただいた指導書を片手に、冷汗かきかき、必死で授業をしていたことを思い出します。そんな時、同じ学年の先生から「国語の学習会があるから、行ってみない?」と誘われ、「勉強になるなら、とにかく行ってみよう!」と思って行ったのが「国語の教室」。これが文芸研との出会いでした。  

  (「米寿記念集」より)大阪 野澤有香

今、再び学ぶ西郷文芸学
渡辺イク子

 (1970年代?)小林香織さんが先生を宇都宮へお招きして「ごんぎつね」を読む勉強会がはじまりました。それから毎月、西郷先生は手弁当で宇都宮へおいでになったものです。大輪の花のような香織さんが「西郷さん」とお呼びするので、皆も「西郷さん」と呼んで親しんでいました。そのうちに文学理論研究会の設立総会がありました。後の「文芸研」です。

 (「米寿記念集」より)栃木 渡辺イク子