幸せなこと
高橋睦子

 西郷文芸学に出会ったのは、初任の頃、僻地手当て買った『著作集』を通してでした。国語は感覚がものをいうと思いこんでいた私にとって、西郷先生の理論や解釈は、ただただ驚きの一語でした。今でも強烈な印象が残っているのが、「手なし娘」の解釈です。

 我が子が水に落ち込もうとした時、手なし娘の失った手が子をしっかり抱きしめていた・・・。その奇蹟が、なぜ文芸の世界では許されるのか、それは、読者がそれを願うからだ。民衆は、だれも人の不幸や悲しみを願っていない。

 今思い出しても、胸が熱くなります。『著作集』との出会いは強烈でした。

 やがて、サークルの仲間に入れてもらい、青森においでになる西郷先生のお話を直接聞く機会が増えました。

(「米寿記念集」より)青森 高橋睦

「文芸」という宝物
  山中尊生

 内の目を通して、登場大物の気持ちになる体験を通して、子どもたちは人の気持ちになることを学んでいく。」という言葉がすごく印象的で「文芸研はすごい。」と思ったのが、サークルに入りたいという動機になりました。

  (「米寿記念集」より)大阪 山中尊生

西郷先生と出会って
由上葉子

 初任者担当が文芸研の後藤美智子先生だったご縁で、枚方サークルで学習をするようになって間もなく、五年生の私のクラスで西郷先生に授業をしていただける機会に恵まれました。(中略)いよいよ授業です。観点を絞るということで三角形の話から始まり、白のイメージ、ファンタジー、そして天人合一へと話が進みます。私自身も初めて聞くお話ばかりで、子どもの目線で一緒に授業に参加していました。

  (「米寿記念集」より)大阪 由上葉子

・本来なら掲載については書き手の了解を得るべき所、いちいち連絡しませんでした。不都合がありましたら、ご連絡下さい。(サークル内で確認できたら幸いです)
・抜粋ですので、書かれた本人の意図とはずれているかもしれません。ご容赦下さい。
・文芸研との出会いや西郷文芸学についての思いがありましたら、辻村まで送って下さい。